画風は、著作権では守られないけれど
著作権には、守られるものと、守られないものがあります。
その中で、どうしても私の中で引っかかり続けているものがあります。
それが、「画風」です。
法律上、画風は著作権では保護されません。
条文を読めば、その理由も分かります。
実務的に考えても、「仕方がない」と言われるのも理解できます。
それでも、どうしても腑に落ちない。
納得しきれない気持ちが、ずっと残っています。
私は美大出身で、その前には美術系の予備校にも通っていました。
デッサン、色彩構成、デザイン。
毎日のように作品を描いて、並べて、見比べてきました。
そこで何度も感じたことがあります。
名前を見なくても、「あ、この人の作品だ」と分かる瞬間があるということです。
同じモチーフを、同じ条件で描いているはずなのに、
完成した作品をずらりと並べると、はっきりと違いが出る。
線の迷い方、力の入れ方、色の選び方、余白の取り方。
特別なことをしようとしなくても、
その人が作品とどう向き合ってきたかが、自然と表れてしまう。
それが、いわゆる「画風」なのだと思っています。
画風。それは一朝一夕で生まれるものではありません。
何百枚、何千枚と描き、うまくいかなくて、失敗し、迷い、否定され、
それでも手を動かし続けた結果、ようやく少しずつ立ち上がってくるものです。
しかも不思議なことに、
人から評価されるのは、まさにその部分だったりします。
「あなたの作品だと分かる」
「あなたらしさがある」
クリエイターにとって、それはとても大きな言葉です。
それなのに、画風は著作権では守られません。
もちろん、理由は分かっています。
画風まで保護してしまえば、
創作の自由が狭まり、文化の流れが止まってしまうかもしれない。
模倣によって、文化は育ってきました。
前の時代の良いものを学び、影響を受けることで、
新しい表現は生まれてきたのだと思います。
だから私は、
「画風が守られない社会は悪だ」と言いたいわけではありません。
ただ、それと同時に、
そこにある努力や時間、積み重ねまでが
軽く扱われてしまうように感じると、
やはり少し悔しくなってしまうのです。
模倣することと、
誰かの積み重ねの上に立っていることを忘れてしまうことは、
同じではないと思っています。
私は著作権を専門とする行政書士です。
法律の線引きも、現実的な限界も理解しています。
それでも、
画風が守られないからといって、
そこに価値がないとは思えません。
むしろ、
簡単に守れないほど、
その人の時間や人生が染み込んでいるものなのだと思っています。
法律の外側にあるからこそ、
せめて言葉で、その重みを伝えたい。
そんな気持ちで、
このテーマに向き合い続けています。

